カテゴリ:イラク情勢( 20 )

イラクで銃撃されたイタリア人記者は暗殺されかかったのか

http://blog.melma.com/00126388/20050306134443

●TUPチームメイトの萩谷良さんが、欧州の報道と自身の推論にもとづき、解放後バグダッド空港に向かったイタリア人女性記者スグレナさん一行に対する米軍の「誤射」報道に疑問を呈しています。

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hagitaniです。
 イタリアのジュリエッタ・スグレナ記者と情報局員ニコラ・カリパリ氏の死傷事件に関し、今朝お送りしたメールの中で、1箇所、重要な事実関係を間違えていた箇所があるため、お詫びし、訂正します。

<<スグレナさんを迎えに行って、同じ車に乗ってきたピエル・スコラーリさんは、事件現場はバグダード空港からわずか700メートルのところだった、ということは、それまで、たくさんの米軍とイラク当局の検問をパスしてきたということだ、と明言しています。>>

 この「同じ車に乗ってきた」というのは「バグダードからの帰国の機に同乗した」の間違いで、スコラーリ氏は米軍の射撃の現場にはいませんでした。これは、私が記事を読み違えたものです。

 スコラーリ氏は、スグレナさんから、帰途の機内でかなり詳しい話を聞いたと思われますから、その発言は情報として重要だと思います。それを、情報提供者を明示して報道するということをしない(ほかの事件ではプライバシーや個人の生活を破壊しても報じるのに)日本の新聞の行き方は、やはり問題だと思います。

 ただ、上記のようなわけで、「故意の射殺」と断言できるという判断は私の勇み足です。

 重要な点で情報の誤読をしていたことは、たいへん恥ずかしいことであり、信頼して転送等して下さった方には大変ご迷惑をおかけしてしまったと思います。謹んでお詫びします。

 イタリアの情報局は、この事件は「米軍の逸脱行為であり、計画的、組織的なものではない」という見解を明らかにしたと伝えられますが、その根拠や背景は不明です。

 誤射説にもうなずけない点が多いことは明らかですから、今後慎重な検討をしていきたいと思います。

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イラクで拘束されていたイタリア紙「イル・マニフェスト」の記者が解放されましたが、この人を引き取ってきた車を米軍が射撃。同乗していたイタリア政府諜報部の人間が殺され、記者も負傷したことは、日本でも、一応、報道されています。

 同紙編集長はtvで、こんなことだけは起きてはならなかった、この事態はイラクで行なわれていることすべてがいかに無意味で狂ったことかを証明している、彼女はあやうくアメリカに殺されるところだった、と涙を押さえながら糾弾。

 共同通信は、この事件を「誤射」と報じ、編集長が「解放のために一番活躍してきた人が殺された。残酷な運命のいたずらだ」と言ったなどと書いていますが、こんな下手くそなTVドラマか歌謡曲のようなことばを抜き出した愚劣な記事はフランスにはありません。ああ、「にっぽん」はかく作られる!!

 あのベルルスコーニですら、イタリア駐在米大使を呼んで事情を聞き、ブッシュも陳謝して、徹底的実情究明を約束したといいますが、信用はもちろんできません。

 ヤフーの情報を検索したところでは、日本のマスコミはみな「誤射」で一貫していますが、フランスやスイスやイタリアのマスコミは、スグレナさんたちは誤射されたのではないの論調であふれかえっています。
 
 以下、主にTF1の記事によれば・・・
 
 ジュリアーナ・スグレナ記者は、撃たれた場所には検問所はなかった、といっています。(イタリアの記事の見出しです。イタリア語はよく知りませんが、 Non era un check pointというくらいの簡単なことはわかります「あれは検問所じゃありませんでした」という意味です)

 スグレナさんの車が射撃を浴びせられているのを、ほかでもないベルルスコーニ首相官邸が、情報部員の携帯電話を通じてずっと聞いており、米軍はその携帯を取り上げて通話を切った、というスコラーリさんの証言は重大です。これでは、いくら対米追従のベルルスコーニでも、とぼけてはいられないのでしょう。

 スグレナさんに付き添っていたイタリア政府情報部のカリパリさんはスグレナさんの上に被さって、盾になって死んだと報じられています。スグレナさんは、それでもなお、左肺と肩に負傷(鎖骨骨折)したのです。
 スグレナさんが、弾丸の雨あられで大変だったと言っているのも、このことと符号するのではないでしょうか。

 日本では、車が検問所で止まらずに通ろうとしたので射撃したと報道されていますが、それにしては、とっさによく、左胸に命中したものです。

 検問所の兵士は、最初に腕を振って警告、ついでライトを点滅、それから威嚇射撃をしたのだと言っているそうですが、これ自体が信じがたいことです。
 もし、かりに、そういう警告を受けたとしたら、スグレナさんを乗せた車が止まらなかったなんて、考えられないではありませんか。これは、あきらかに、米軍の厚顔無恥な嘘です。

 誤射ではない・・・そうです。2003年暮れに殺された日本の二人の外交官、奥克彦さんと井ノ上正盛さんも、米軍による故意の殺害と見るべき、あまりに多くの理由がありました。

 また同じことの繰り返しでしょうか。
 あの事件をうやむやにした日本のマスコミは、スグレナさんの事件も、でたらめな情報で終わらせるつもりでしょうか? 

 つい先刻までは、あるいは、アメリカ軍の規律もそこまで乱れ切ったのかな、とも思っていましたが、やはり、これも奥、井ノ上殺害事件と同じと見るほうがいいようです。
 イタリアでは、ブッシュが電話でベルルスコーニに対して行なった釈明にチャンピ大統領は納得せず、街頭では大衆が、イラクに出兵した軍隊を撤退させろと、ベルルスコーニ内閣糾弾のデモを盛り上げています。
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この件に関する他のリンク。

★ズグレーナ記者への米軍の襲撃の報道に関してNHKに抗議電話を!(掲示板阿修羅投稿)


★イタリア人記者・諜報員殺傷に対するスペイン・マスコミの反応ぶりと、膨らむ疑問(掲示板阿修羅投稿)



★「米軍の射撃には正当性がない」とジュリアナ・スグレーナ(ベルギー『ティスカリ・ニュース』フランス版(掲示板阿修羅投稿)

★「アメリカは開放交渉を望んでいなかった」 ズグレーナさん(レプッブリカ紙・掲示板阿修羅投稿)
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by pace2005 | 2005-03-07 15:28 | イラク情勢

産経新聞のお笑いコラム(もう廃刊しかない)

イラク戦争の報道に関してハッキリ言って日本のメディアは何の役にもたちはしないと私は感じています。

だいたいイラクに記者を派遣しているのはNHKと朝日新聞、共同通信のみです!後の報道機関は何と外電と米軍発表で記事を書いています。そんなことブロガ―にだってできてしまう。

そしてそんな情けない日本のメディアの中でダントツ何の役にも立たないイラク戦争報道を続けているのが産経新聞です。今ライブドア社と必死に格闘しているフジサンケイグループの一員であるこの新聞社の記事は米軍発表をそのまま掲載する、まるで戦前の大本営発表でしかありません。

ではその産経新聞、いかにお粗末な記事、コラムを掲載しているのでしょうか。下記に現物を掲示しますのでぜひご覧ください。それにしてもこの無茶苦茶な変節以外にもイラク戦争で大量破壊兵器の脅威という事実の捏造を行い、あげくのはてには曽根綾子とともに新潟地震被災者を罵倒する、そんな新聞へは「もう廃刊しろ」の一言しかありませんね。


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「大量破壊兵器に関する産経抄の豹変振りも一応晒しときますね」
http://www.asyura2.com/0406/war57/msg/1097.html

2003.3.21  ▼戦いは「イラクの自由作戦」と名づけられ、ブッシュ米大統領は「戦争」
という言い方を慎重に避けて「武装解除」という表現を使った。しかし大量破壊兵器の廃
棄をめざす戦争であることに変わりはない。その実体から目をそらさず、真正面から見す
えなければならないだろう

2003.7.24  ▼権力と暴虐をほしいままにする独裁者が、自分の息子を世継ぎにした悪政
は北東ア ジアにも例がある。イラクの人びとにとって独裁政権の崩壊は歓迎すること
だったのか どうか。それがこの戦争の大義と是非を問うカギの一つと見てよい

2004.1.29 ▼ 国会は相も変わらぬ不毛の論議をやっている。その一つが、野党側の「イ
ラク戦争に大義はあったのか」という愚論である。大量破壊兵器が 見つからない問題の
むし返しだが、一体、戦争や革命に大義や正義というレッテルを張る必要があるのだろう
か。

同じ人間が書いてます。






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by pace2005 | 2005-02-26 00:44 | イラク情勢

志願制米軍の悲惨な現実

「戦場にかりだされるヒスパニックの兵士達」

http://www.tomasvanhoutryve.com/reportage/usa/usa_01.swf

彼らは軍に入隊する資格を持っている。第一次世界大戦以来の合州国の主な戦争全てに参
加してきたのと全く同じように、彼らはイラクの地で戦いそして死んでゆく。だがしか
し、合州国の支配下にあるプエルトリコからやって来たラテン系兵士たちは、合州国での
選挙制度から排除されているのだ。彼らをひっくるめると、36,000人以上の非合州
国市民たちが合州国軍に入隊している。そしてその殆どがメキシコや中央アメリカからの
移住民なのである。

彼らは、他のアメリカ人の兵隊と同じ命令に従いそして同じような犠牲を払っている。に
も関わらず、彼らの最高司令官を選ぶ11月の投票にあたって、何の声もあげることがで
きないのである。

1/13
info:ティフアナ( Tijuana 訳注1)にて、若いメキシコ人たちが合州国とメキシコの国
境柵を見つめている。

2/13
info:国境すぐ北側の海兵隊員募集事務所にやって来た17歳のメキシコ人。

 3/13
 info:南カリフォルニアに在るpendleton海兵隊基地(訳注2)

 4/13
info:7月4日のパレードでのプエルトリコ人士官候補生。

 5/13
 info:「私のお父さんは、連邦政府の福祉予算を護るために、イラクに居る。」

 6/13
 info:アフガニスタンのヒスパニック米兵。

 7/13
 info:イラクで従軍している子を持つメキシコ人家族のための治療団
( therapy group )

 8/13
 info:息子Jesus(イラクにて地雷によって戦死したメキシコ市民の海兵隊員)に
関する電子メールを読んでいるFernando Suarez del Solar氏。

 9/13
 info:プエルトリコ人の合州国兵士が、イラクで戦死した同僚の葬儀を待っている。

10/13
 info:イラクにて榴弾によって戦死した合州国陸軍兵士Ramon Reyesの遺体が、プエル
トリコに埋葬されるために還って来た。

11/13
 info:合州国陸軍兵士Ramon Reyesのお母さんと奥さんが、合州国々旗に包まれた彼の
棺おけを見て。

12/13
 info:合州国陸軍兵士Ramon Reyesの墓。

13/13
 info:お父さんの葬儀を終えて出発する、ヒスパニック合州国陸軍兵士Richard Orengo
の息子。Orgengoはイラクにて自動車泥棒の捜査中に撃たれた。




(日本語訳)
http://blog.livedoor.jp/awtbrigade/archives/5736953.htmlより転載。

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この映像を見るとき、米軍兵士というのも、イラク戦争の犠牲者であるということと共に、兵士には絶対むかないのではという人間にまで訓練を受けさせざるをえない米軍の兵員不足という実態がわかると思います。

徴兵制復活の噂が絶えない米国。たしかに軍の指揮をとる立場の者の視点で考えれば、徴
兵検査で兵員の数を増やそうとするかもしれません。



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by pace2005 | 2005-02-23 02:54 | イラク情勢

ファルージャから届いた話

URUK NEWS イラク情勢ニュース               (転送・紹介歓迎)
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2005/02/09 (水)[飛耳長目録 today's news list]
☆ファルージャから届いた話 ダール・ジャマイルのイラク速報 2月8日付から訳


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☆★ファルージャから届いた話
  Stories from Fallujah
  Dahr Jamail's Iraq Dispatches  February 08, 2005
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http://dahrjamailiraq.com

2005年2月8日

ファルージャから届いた証言

 ここに紹介するのは、ファルージャの瓦礫(がれき)の中から、何年間も出現
しつづけるであろう話である。何世代もではないだろうが・・・。

 その医師は、匿名という条件のもとで、アンマン(ヨルダンの首都/訳註)に
あるホテルの一室で私と同席した。彼はここで難民となっている。イギリスの支
配下にあったファルージャで目にしたことについて、彼は話をした。そこは今、
もし彼がイラクに帰ったなら、米軍による恐怖に支配されている。

 「記憶を呼び覚ますために、二度の包囲攻撃の期間、ファルージャで起こっ
たことについての話を始めました。アメリカ軍は私の家に三度も襲って来たの
です」と彼は言った。早口で話されたので、私はついていくのにやっとだった。
彼はファルージャ市内で働いていた医師として、自分が見たことから話をし、私
に話したすべての証拠となるビデオと写真を持っていた。

 「私は12月末に、イギリスの医療・人道支援の車列と一緒にファルージャに
入り、1月末まで滞在しました」と彼は説明した。「しかし、私は住民と一緒に働
き、彼らが必要としているものを確認するために、前にもファルージャにいたこ
とがあるので、12月の初めからそこにいたわけです」。

 彼が何を目にしたのか、そして12月に最初にファルージャに入ったのはいつ
なのかを尋ねると、彼はツナミ(津波)が市を襲ったようだったと答えた。

 「ファルージャの周囲には難民キャンプが配置され、人々はそこでテント生活
や古い車のなかでの生活を送っています」--彼は説明した。「パレスチナ難
民のことが思い出されました。寒さのために咳(せき)をするこどもたちを見か
けましたが、そこには医薬品はありません。ほとんどの者が何も持たずに家を
離れて、お金もないし、人道援助だけでどうやって生活できるでしょうか?」

 ファルージャの北側にある難民キャンプの一つでは、7個のテントに1200人
の学生が住んでいた、と彼は言った。

 今回の包囲攻撃によって引き起こされた災厄は、1回目の包囲攻撃よりもず
いぶんヒドイ」と彼は言い、例として一つの話をしようと言った。

 「話は16歳になる少女についてのものです」--彼はこう言って最近ビデオ
に収録した証言の一つについて話した。「彼女は自宅で殺害された家族の死
体と一緒に、三日間を過ごしました。兵士が入ってきたとき、父親、母親、12
歳の弟、2人の妹と一緒に家の中にいたのです。その兵士が入ってくるや、何
も言わずに、母親と父親を射殺するのを彼女は目撃しました」。

 少女は弟と一緒になんとか冷蔵庫の背後に隠れて、最悪の戦争犯罪を目撃
することになった。

 「彼らは2人の妹を殴りつけ、その後、頭を撃ちました」--と彼は話した。こ
のあと、彼女の弟は怒って、叫びながら兵士の方へ走りだしたために、兵士た
ちは弟を射殺した。

 「彼女は兵士が去ったあとも隠れて、妹たちと一緒に家にとどまりました。2
人の妹は、血を流していたけれど、生きていたからです。彼女は恐くて助けを
呼ぶことができませんでした。兵士たちが戻ってきて自分も殺されるのを恐れ
たのです。彼女は水も食料もないまま、三日間、家の中にいました。たまたま
米軍の狙撃兵が彼女を見つけて、病院に連れていきました」--医師は彼女
の全証言を収録したフィルムがあると付け加えた。

 彼はさらに、包囲攻撃のあいだ自宅にいたある母親から聞いた別の話をし
た。--「包囲攻撃の5日目、彼女の家は爆撃され、屋根が息子の上に落ち
て、彼の足を切断したのです」--彼は足を切る仕草を手でしながら話した。
「何時間ものあいだ、彼女は外に出ることができませんでした。なぜなら、通り
に出る者は誰であれ射殺されるだろうと彼らは宣告されていたのです。それで
彼女にできたことは、息子の足をくるんで、目の前で死んでいく息子を見つめる
ことだけでした」。

 医師は一休みして深く息をしてから、また話を続けた。--「私に言えること
は、ファルージャは津波に襲われたみたいだということです。包囲攻撃のあと
には、大勢の家族がいなくなって、すべてを失っていました。被災のほどは、あ
なたの想像を超えていました。米軍が私たち住民を市内に戻したとき、住民は
毛布を探し求めるのに必死になりました」。

 「私の同僚の一人であるサレハ・アルサウィは、彼ら米兵について、ひじょう
に腹を立てながら話をしていました。彼らが包囲攻撃の最初に病院を襲ったと
き、彼はその主要病院にいたのです。彼らは医師たちが患者の治療をしてい
るとき、手術室に入ってきました。彼は麻酔医だったので、手術室にいたので
す。彼らは軍靴のまま入ってきて、医者たちを殴りつけて連れ出し、手術台の
上の患者を死に至らしめたのです」。

 この話は、既に、アラブ・メディアでは報道されている。

 医師は私に、包囲攻撃の第1週に起こった、ハイ・ナザレ医院への爆撃のこ
とを話した。

 「この医療施設には、私たちが持っていた外国からの援助物資と医療機器の
すべてを収納していました。彼らがここを爆撃しないよう、私たちは彼らに通知
していたので、米軍の全指揮官がこのことを知っていました。しかし、ここは爆
撃された医療施設の一つとなり、しかも包囲攻撃の第1週に、彼らはここを2度
も爆撃したのです」。

 そして彼はつづけた--「もちろん、彼らは全部の救急車と医者を標的にし
ました。このことは誰もが知っています」。

 彼と何人かの医者たちは、以下のできごとに関して米軍を訴えようとしてお
り、そのために証拠となる証言をテープに収めている--彼は私に話した。

 私はバグダッドにいる幾人かの避難民からも、同じような話を聞いている・・・
包囲攻撃がまだ続行中だった11月末のことだが。

 「包囲攻撃の第2週には、彼ら(米兵)は市内に入ってきて、全家族は自宅か
ら去らなければならず、白旗をかかげて、通りの交差点まで来るように、とアナ
ウンスしました。米軍は住民に家を去るまで72時間の猶予(ゆうよ)を与え、そ
の後は、敵とみなされるだろう、と」。

 「7歳を年長とする子どもたちと親類も含めて12人のある家族の証言を、ビ
デオを添えて文書化しました。--彼ら(この家族)はさっきのアナウンスを聞
いたので、持てるだけの食料とお金を持って、そして白い旗を手にして、家を出
ました。彼らが一族の集まっている交差点に来たとき、誰かが英語で「今だ!」
と叫ぶのが聞こえ、そして射撃があちこちで始まったのです」。

 証言をした若い男性によると、この家族は、指示されたとおりに、全員が白い
旗を手にしていた。それでも彼は、母親と父親が狙撃兵に撃たれるのを目にし
た。母親は頭を、父親は胸を撃たれた。彼の2人の甥(おい)も撃たれ、それか
ら彼の兄弟も首を撃たれた。男は、地面から起きあがって助けを求めて叫ん
だとき、彼のすぐそばに弾丸が飛んできた、と証言した。

 「何時間かが過ぎて、彼が腕をあげて助けを求めると、彼ら(米兵)は腕を撃
ちました」と医師は話を続けた。「それで、しばらくして今度は手をあげると、彼
らは手を撃ったのです」。

 その家族のなかの6歳になる男の子は、両親の死体のそばに立って泣いて
いたが、彼もまたその後に撃たれた。

 「起きあがると、誰であれ撃たれました」と医師は続け、さらに負傷した生存
者を射撃している写真のほかにも、彼は死者の写真も持っていると話した。

 「暗くなってきて、私に話をしたこの男性といっしょにいた数人が何とかその場
から這(は)いだすことができました。彼の子どもと、義理の姉妹、妹です。彼ら
は建物まで這って、そこに8日間いました。1杯の水を持っていたのは、子ども
にやりました。彼らは料理用のオイルを傷口に塗り、ナツメヤシと根菜類を見
つけて食べました」。

 彼はここで話をやめた。濡れた外の通りを車が走り、水がタイヤの下で音を
たてるのを機器ながら、彼の目は室内を見回していた。

 彼は1月末にファルージャを離れたというので、私は最近のファルージャは
どんな様子だったか尋ねてみた。

 「今では、おそらく住民の25%が戻ったでしょう。しかし、市内にはまだ医者
がいません。今のファルージャでは、あらゆるアメリカ人に対する憎悪がひどい
のですが、あなたは彼らを非難してはいけません。検問所での屈辱が、住民を
いっそう怒らせる一方なのです」と彼は言った。

 「振り返るだけでも、アメリカ兵とイラク人兵士の両方から警告され、撃たれる
--それを私はその場で目撃しました。・・・ある男性がそのようにして、イラク
兵は彼に屈辱を味あわせようとしたとき、その男は近くの兵士の銃を奪って、2
人のイラク兵を殺しました。もちろん、その後で彼も射殺されました」。

 医師はこう話した--彼ら(米兵およびイラク兵)は時には住民を何時間も列
に並ばせ、米軍はその状況をプロパガンダ用の映画に編集したりする。

 「私はそれがメディアで放映されているのを見たことがあります。またファルー
ジャの北側の検問所では、1月2日、米軍がファルージャに戻る家族に200ド
ルを支給していました。そうして彼らは、列をなしている市民をフィルムに収め
るのです・・・実際には、そのとき、ファルージャに戻る家族は誰もいなかったの
に」と彼は言った。私の同僚が1月にファルージャで見たことを話してくれたが、
私はその話を思い出した。そこでは、CNNのクルーが米軍に付き添われてや
って来て、小道具がわりに動員された道路清掃人と、子どもたちにキャンディ
ーを配っている兵士が撮影されたのだった。

 「あなたは憎悪が生みだされていることを理解しなければなりません・・・それ
は私自身を含めて、イラク国民がアメリカ政府とアメリカ国民を区別することを
いっそう難しくさせているのです」と医師は私に告げた。

 彼の話は、他にも数え切れないほどある。

 「私の従兄弟(いとこ)はファルージャの貧しい男です」と彼は言った。「彼は妻
と5人の娘と一緒に暮らしていて、自宅から歩いて仕事場に行き来していまし
た。2003年の7月、アメリカ兵が彼の家に侵入してきて、彼ら全員をたたき起
こしました。彼らは家族を一室に集め、家族の目の前で従兄弟を処刑しまし
た。あとは、彼らはそのままにして去りました」。

 彼は一呼吸おいて、両手をふりあげ、そして質問した。「さあ、この家族はア
メリカ人にどんな感情をいだいているだろうか?」

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※ URUK NEWS イラク情勢ニュース (webサイト) 
    http://www.geocities.jp/uruknewsjapan/  
※ イラク・レジスタンス・レポート
    http://www.geocities.jp/uruknewsjapan/Iraqi_resistance.html
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正式名称: イラク戦争に関する世界情勢のニュース
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※ 過去のニュース紹介メールは、下記URLでご覧になれます。
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by pace2005 | 2005-02-15 01:58 | イラク情勢

米軍兵士は覚醒剤(通称スピード)常用

ご存知だったでしょうか。米国防省はイラクで戦闘を行う兵士達に大量の覚せい剤を処方しているのです。

米軍が使用する覚せい剤は錠剤でデキストロ・アンフェタミン(製品名『デキセドリン』、通称「スピード」というもの。

米国防省は、これは無害なだけでなく役に立つと主張しています。しかし麻薬取締局によると、この薬は、深刻な副作用として精神病性の異常行動、抑鬱、不安、疲労、偏執症、攻撃性、暴力的行動、意識障害、不眠、幻聴、気分障害、妄想を招く怖れがあるとしています。

以前に我が国では「覚せい剤止めますか、それとも人間辞めますか」という公共広告が放送されていましたが、その基準で行くと米軍兵士はとっくに人間を廃業しているようで・・・。

アブグレイブの虐待をはじめ米軍の数々の蛮行の裏にはよく言われるその侵略的性質だけでなくこの薬物の影響もあるのかもしれません。

それにしても劣化ウラン弾といい、覚せい剤といい、米国防省の「これは無害なだけでなく役に立つ」というのはまったくもって信用できない言葉です。

さて話は変わりますが、楽天住人JSF.氏から「戦闘薬としての覚醒剤使用は、軍隊ならどこでも普通の事ですよ。特に戦闘機パイロットなどは眠気覚ましの為に良く使います」というメールを以前頂いてました。事実とすれば覚せい剤を常用する軍隊というものの非人間性を感じずにはいられない情報です。

我が国の税金泥棒(憲法違反のくせに給料を貰うというので全共闘時代左派が自衛隊につけたあだ名)も常用しているのでしょうか・・・。




情報元 『覚醒剤の助けで戦闘に臨む米軍兵士たち』
http://hotwired.goo.ne.jp/news/news/culture/story/20030220201.html 
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追記 「ダメ・ゼッタイ」薬物乱用防止ホームページより
   http://www.dapc.or.jp/data/kaku/2.htm


アンフェタミン系覚せい剤の作用はいずれも長時間に及ぶもので、コカインと同様に中枢
神経に働きます。


瞬時に」快感を生じるこの方法において、アンフェタミンを「スピード」(Speed)と呼
ぶのは誠に当を得ているといえます。「スピーディング」(Speeding)とは一連の注射行
為をいいますが、いずれの段階にあっても即座に強烈な感覚のクライマックスと全身快感
が引き起こされます。アンフェタミン類は即座に循環器系に吸収されてゆきます。大いな
る自信と意気軒高を感じさせることにはじまる薬効が、やがてジェットコースターに乗っ
て宙を舞うような感じを引き起こします。

覚せい剤乱用者は、無限の力を得て、何事も意のままに操ることができると感じるので
す。瞳孔は散大し、呼吸数は急激に上がり、心臓はまさに早鐘を打ち鳴らすような状態に
なり、粘膜は乾ききってしまいます。こうした状況の中で、ものを言おうとしても何を
言っているのか訳も判らないような有り様になります。乱用者は何か一つ夢中になるよう
なことがあってもそれ以外のことはすべて度外視してしまいます。最初の目眩めくような
快感は、蓄えられたエネルギーが消耗されるにつれて、多幸感や高揚した気分へと変わっ
てゆきます。

 精神的並びに肉体的に、最早超人と化した彼には如何なる離れ業も可能と感じさせるの
です。彼にとって、人生などほんのマンガです。そしてスピーダー(覚せい剤乱用者)は
快感の敷き詰められた道路をひた走るのです。

 かくも強烈なヴァイタリティーですが、一旦体内エネルギーが枯渇すると、やがて萎ん
でゆきます。一気に訪れる不安と狼狽と混乱に支配されてしまうのです。スピーダーの快
調な疾走もエネルギー切れを迎えると、イライラは偏執病の症状を呈し、そして極度の疲
労感に襲われます。頭痛、動悸、目眩、激昂、不安、そして錯乱した状態が、それまでの
エクスタシーにとって変わるのです。


ただアンフェタミン系覚せい剤は、仮に多量に用いたとしても、それ自体が人を殺すまで
にいたるのは、むしろ稀です。つまり長期間にわたる薬物の乱用の「副作用」が人を殺す
ことはあり得る訳で、「死亡」が発生するとすれば、まさに覚せい剤狂に共通している凶
暴性そのものであると言えましょう。

 偏執狂的症状や、異常に亢進した活動性、感情的起伏の極端な変化などは、必然的に生
じる生活スタイルの変化と相俟って、強姦や殺人などの暴力的行動へと駆り立てることに
なります。

また乱用が長期化しますと、当然栄養の障害から諸々の疾病や細菌感染などが生じ易くな
ります。注射針からの感染ではウィルス性肝炎による肝機能障害のほか、エイズがありま
す。また水に溶けない不純物を含んだ覚せい剤を注射しますと細い血管に詰まったり脆弱
化させたりする原因となるほか、腎臓病や肺機能障害をも引き起こします。



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by pace2005 | 2005-02-10 00:29 | イラク情勢

『ファルージャは悪の巣窟!』(FNN・木村太郎)

クラスター爆弾も投下し放題。 『ファルージャは悪の巣窟!』(FNN・木村太郎)
http://www.asyura2.com/0411/war62/msg/804.html
投稿者 ジャック・どんどん 日時 2004 年 11 月 09 日


本日18時のFNN(フジテレビ系)ニュースでは、
コメンテーターの木村太郎が
「ファルージャは悪の巣窟!ザルカウイ、フセインの残党、シーア派の過激派が潜伏する悪の巣窟だ。」って。

中東問題調査会の大野某氏は「ザルカウイはもうすでに逃げたんじゃないか。」

このかたがたも、やはり確信犯(自分が米国のコメンコメンテイターである)なのでしょうか?それともただの阿呆なかたがた?

このコメントの前には、夜空を花火のように散発するクラスタ爆弾投下し放題・空飛ぶ砲台が撃ちまくりの映像でした。

アメリカ軍は、真っ先にファルージャの死傷者情報を流している病院を管理下において、死傷者の情報遮断。さすがに、プロパガンダ戦略の重要性を熟知してますね。

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ファルージャというのは、どれくらいの都市なのでしょうか?確かファルージャ州の州都だと思うんですが。日本でたとえると、人口規模がもっとも似ている都市はどこでしょうか?

カタールのアルジャジーラでは、イラク聖職者会議は、「ファルージャを殲滅・絶滅しようとするアメリカ軍に反撃している抵抗勢力に支持を!」の声明を国連事務総長、世界の良識ある人々に訴えていました。
ってことは、イラクの聖職者は「悪の巣窟」を死守せよと世界中に呼びかけている「大悪魔」ってことでしょうか?
ねえ、木村太郎さん?

それにしても、言葉は恐ろしい。「レジスタンス」「抵抗勢力」では、大衆のイメージは大違い。
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★ザルカウィ容疑者、捜査員1時間遅れで取り逃がし (読売新聞)

投稿者 彗星



★ファルージャの恐怖―写真 (TUP-Bulletin速報)

投稿者 NAVI



★「ザルカウィはファルージャで拘束されたが、解放された」

暗いニュースリンク




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by pace2005 | 2005-02-05 19:19 | イラク情勢

☆「選挙」について、彼らが語っていないこと

 ☆「選挙」について、彼らが語っていないこと
ダール・ジャマイルのイラク速報 2005年2月1日
 (転送・紹介歓迎)
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☆★「選挙」について彼らが語っていないこと
  What They're Not Telling You About the "Election"
  Dahr Jamail's Iraq Dispatches  February 01, 2005
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** http://dahrjamailiraq.com **

ダール・ジャマイルのイラク速報
2005年2月1日:

 流血と選挙の日が終わり、「民主主義」の成功として選挙を歓迎し
た企業メディアの騒々しいキャンペーンも、鈍いうなり声へと静まっ
てきた。

 イラクで50人の死者をだしたその日の翌日、市民にしろ兵士にし
ろ、どちらの死亡者数も「予測されたよりも少ない」数字として歓迎し
された。そう・・・ブッシュ政府と企業メディアの基準としては、受け入
れ可能なものなのだ。つまるところ、犠牲になったアメリカ人は1人
だけで、残りはイラク人市民とイギリス兵だった。

 失敗したイラク占領を正当化すたるために、イラクでの選挙を利用
しようとした賭(かけ)は、主流メディアだけを見るなら、うまくいった
ように見える。

 「予想された投票率より高かった」と米国の主流メディアが声をは
りあげ、一部は投票率を72%だとし、別のメディアは60%とした。

 視聴者である諸君に告げられていないことは、この数字が投票の
終了前、イラク独立選挙委員会(IECI)の広報担当ファリド・アヤル
によって提供された数字であるということだ。

 記者会見でこの推定投票率の精度について質問を受けたアヤル
は、先に発表した数字(72%:訳註)を撤回し、より正確な推定値は
最初の推計値よりも低いもので、有権者登録数の60%程度だろう
と述べた。

 IECIの広報担当は、前に発表した72%という数字は「推測しただ
け」のものであり、「まさしく推定だった」と語り、それは「現場から非
公式に集めた、口頭による、ひじょうに荒っぽい推定」にもとづいて
いたと述べた。

 アヤルはさらに続けて、「二つの数字に関して言えば、パーセンテ
ージも数字も集計のあとに出てくるものであり、集計が終わってから
発表されるだろう・・・。それが公式の数字だと言うには早すぎる」と
述べた。

 しかし、これは主流メディアに渡された虚偽の説明のなかで最重
要というのではない。

 まだ彼らが語っていないことは、投票した者のなかでも、登録有権
者のうちの35%ないしは60%の者が、進行中の米国のイラク占領
を支持して投票したのではないということである。

 実際、彼らは明確に正反対の理由で投票していたのである。私が
話をすることのできたイラク人全員が、このあと編成される国民議会
は占領終結の合図を送るだろうと信じていると説明した。

 そして彼らは、遅かれ早かれ、イラクに駐留する外国の軍隊の撤
退を呼びかけることを期待している。

 これでは、盛んに歓喜している場面を、それと違った見解のもとで
人に見させていることにならないか?

 CNNとかFOX、あるいはその他の主要なTVネットワークを見てい
る米国の大部分の人々は、そのようには気づいていない。その替わ
りに彼らは、、「世界は中東のど真ん中から自由の声を聞いている」
というブッシュ氏の話を聞かされ、それを事実のように受けとめてい
る。なぜなら、主要メディアの大部分は、毎日が混沌(こんとん)と暴
力に包まれ、職はなく、電気もなく、水もほとんど出ず、ガソリンもな
いイラクの地で、喜ぶイラク人有権者の映像を消さないで(=ブッシ
ュの声と重ねて)いるからである。

 そうしてブッシュは、いわゆる選挙がおこなわれたという単純な理
由だけで、イラクに民主主義をもたらした人物みたいにメディアから
描かれるのである。外見上は、多数派であるイラクのシーア派が、
ついにそれに応じた代表を「政府」のなかに獲得するようだ。新聞を
よくみてみよう。

 読者諸君が読みすすんでいくと、ブッシュ政府によって描かれ大部
分の主流メディアによって宣伝されているような、今回の親切ごかし
の選挙の理由がまったくそうではない。

 そして投票したイラク人は、占領の終結をやかましく告げる別のト
ランペットを聞いているのだ。

 そこで疑問が残る--国民議会が編成され、ブッシュ政府が撤退
期限を設けることを拒否したまま、10万人の米軍兵士がイラクに残
留すると、何が起こるか?

 既に4ヶ所の恒久的な米軍基地がイラク国内に存在し、それを解
体するどころか、さらに多くの基地がチェイニーのいた会社ハリバー
トンによって今まさに建設中であることをイラク国民が知ったら、何
が起こるか?

 <Foreign Policy in Focus>の学者であるアントニア・ジュハスは、
「選挙」の直前に書いた記事で、最近のイラク選挙に関する騒々しさ
のなかに埋没させられた一つの話題に光を当てた。

 <石油>

 大部分の人々が中東の心臓部に民主主義をもたらした人物から
は告げられることのない今日の話題によく適しているので、ここに彼
女の文章を引用するのは意味があると思う。

 (ここから、引用を示す斜体字)
 2004年12月22日、イラク財務相アブデル・マフディは、ワシント
ンのナショナル・プレス・クラブでわずかな記者と業界の内部関係者
に次のように話した--イラクは新しい石油関連法律を作りたい。
それはイラクの国営石油企業を外国の民間投資に開放するもので
ある、と。マフディが説明したように、「これはアメリカの投資家とアメ
リカの企業、特に石油企業にとって有望な話だと考える」というもの
である。

 言葉を変えれば、マフディはイラクの石油部門を民営化し、アメリ
カの会社に手渡すことを提案しているのである。

 財務相によれば、外国企業は「下流」および「おそらくは上流にお
いてさえ」石油投資に参入できるようになる。これは外国企業がイラ
ク原油を売却することも、地下に眠っている段階で所有することもで
きるという意味である。それはすなわち、米国が戦争へと進む最初
の場面で多く議論されてきたことだった。

 チェイニー副大統領の『国防政策の手引き』が1992年に逆戻っ
て説明しているように、「われわれの包括的な目的は、中東地域に
外から卓越した力を維持することであり、中東の石油への米国およ
び西側の参入を保持することである」。

 マフディの記者会見については、インター・プレス・サービスのエマ
ド・マッキーの他には、アメリカのメディアでこれを報じたものはわず
かだったが、その発表は米国務次官アラン・ラーソンをマフディの脇
に同席させておこなわれた。メッセージを送ろうとしたのだ--いっ
たい、誰に向けて?

 アブデル・マフディが、シーア派の主要政党であるイスラム革命最
高評議会(SCIR)から1月30日の選挙に出ていることは判ってい
る。イラクの全歳入の95%を提供している石油資源を切り売りする
と発表したことは、マフディに多くのイラク人の投票を集めることはな
いかもしれないが、間違いなく、米国政府と米国の会社から相当の
支持を獲得するであろう。

 マフディが所属するSCIRは来る選挙ではダントツであり、スンニ
派地域がひどい混沌(こんとん)に螺旋降下していることから、特に
スンニ派が投票する可能性はますます小さくなっている。もしブッシ
ュがイラクのアラウィ暫定首相に選挙の取り消しでもほのめかそうも
のなら、マフディとSCIRが勝利する最後の機会が衰退することにな
るだろう。
 (引用を示す斜体字はここまで)

 マフディのSCIRが所属する政党の候補者リスト<統一イラク同盟
(UIA)>には、イラク国民会議も含まれているが、これは違法なイラ
ク侵略を正当化するために必要だった誤った情報を提供した、ブッ
シュ政府の長年の友人(アハメド・チャラビ以外にはいない)が率い
ている。

 アラウィ暫定首相もまた侵略を正当化するために使われた脚色し
た情報をブッシュ政府に提供したが、彼はイラク統一同盟に近い高
得票を獲得しそうな別のシーア派のリストを率いている。

 そしてイラク統一同盟はイラン生まれのシーア派聖職者シスタニ師
の賛同を得ているのである。シスタニは彼の膨大な支持者にファト
ワ(宗教令)を発し、選挙では投票せよ、さもなくば地獄に堕(お)ち
るだろうと指示した。

 (ここから、引用を示す斜体字)
 このように、人は、ブッシュ政府がSCIRと取り引きしていると論じ
るであろう: イラクの石油と引き替えに政治権力が保証される、と。
イラクを縛る紐(ひも)をブッシュがまだ握っているからこそ、アメリカ
人はこのような取引をすすめることができるのである。

 選挙がどのような結果になるかにかかわらず、少なくとも来年(訳
註:2005年。この文章は昨年12月に書かれた)は、新しく選出さ
れた国民議会が憲法を起草し、イラク国民が新政府を選挙し、ブッ
シュ政府がイラクに投入される資金(復興予算として米国民の税金
から240億ドル)と最大の軍隊、そしてイラク経済の統制権を支配し
ているのである。予算と統治の両方が、米国によって任命された査
察役の将軍たちと監査役によって監督されることになる。彼らはイラ
ク政府の各省庁に任期5年で配置され、契約と規制にかかわる決
定的な権限を持っている。しかし政府がみずからに授与することが
できないでもなかった権限の一つが、イラクの石油への参入権限で
あった。今までは、そうであった。
 (引用を示す斜体字はここまで)

 彼らが諸君に語っていないことはこれほど多くある。ちょうどイラク
国民がイラク占領を終わらせるためだと思って投票したのと似てい
る。

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by pace2005 | 2005-02-04 01:05 | イラク情勢

食料と引き替えに投票しただけ バグダッド発


(転送・紹介歓迎)
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☆★食料と引き替えに投票しただけ  ダール・ジャマイル
  Some Just Voted for Food
  Dahr Jamail's Iraq Dispatches  January 31, 2005
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 バグダッド発、1月31日
 Inter Press Service
 インター・プレス・サービス

 31日(=投票の翌日)、多くのイラク人は、政府機関から提供され
たリストに自分たちの名前が記録されたと話していた。その機関は
有権者登録をする以前から、毎月の食料配給をおこなっていた。

 「私は投票所に行って、ある人物に私の住んでいる住所と名前を
届けた」とワシフ・ハムサは話した。32歳になるこのジャーナリスト
は、バグダッド市内のシーア派が多いジャニラ地区に住んでいる。
「そうすると、月々の食料配給をしてくれる人物のところへ、この男
が案内してくれた。」

 バグダッド市内バヤア地区に住む工科大学生のモハメッド・ラアド
も、同じような体験を語った。

 ラアド(23歳)は、毎月の食料配給をしている人物を、地区の投票
所で見かけたと言った。「食料の配達者はもちろん個人的にも顔見
知りだが、彼が私の名前と投票している家族の名前を記録した」と
彼は言った。「そうしてやっと、私は投票用紙を手に入れ、投票でき
るようになった。」

 サイード・ジョデトも、「顔見知りの食料配達者2人が話しかけてき
て、もし私たちが投票しなかったら、私たちの食料配達は保留にさ
れると告げた」と言った。彼は21歳の工科大学生でバグダッドのハ
イ・アル・ジハード地区で投票した。

 投票しなかったイラク人には、月々の食料配給が届けられなくな
る、という公式の指示はなかった。

 だが、多くのイラク人は選挙前に、もし投票しなかったら、月々の
食料配給を止められるという懸念を感じていた。彼らは食料を受け
取るために有権者登録に署名しなければならなかったと証言した。

 投票当日の体験は、投票者を増やすために米国に後押しされた
イラク暫定政府がとった疑わしい措置をめぐって、多くの懸念を強調
することとなった。

 バグダッド中心部に駐車場を持つ52歳のアミン・ハジャルは、選
挙の数日前に、「私は食糧配給を止められるわけにはいかないの
で投票するつもりだ・・・もし止められでもしたら、私と家族は飢え死
にしなくちゃならん」と話していた。

 ハジャルはIPS(インター・プレス・サービス)に、こないだ月々の食
料配達を受け取るとき、有権者登録を済ませたという申告書に署名
するよう迫られたと語った。投票しない者の追跡調査に、政府がこ
の情報を利用するつもりだと恐れを抱いた--彼はそう指摘した。

 イラクの独立選挙委員会と、食料配給を所管している通商省に電
話したが、返答はなかった。

 人々に投票するよう説得する方法をめぐって、別の問題も生じて
いた。バグダッド西方アンバル州の州都ラマディでは、米兵が有権
者に投票するよう言葉巧みに口説いていた--AP通信が報じた。

 もう一方で、選挙委員会は投票数の最初の推計を「下方修正」し
た。選挙委員会のファリド・アヤルは、最初72%の投票率だと発表
し、その数字はブッシュ政府からも発表された。

 しかし記者会見をおこなったアヤルは、投票率は登録有権者数の
60%近くだと述べ、先に発表した数字を撤回した。

 先に発表した72%という数字は、「思っただけ」であり、「現場から
口頭によって非公式に集めたおおまかな推計」にもとづいた「推測」
だった、と彼は説明した。そしてさらに、投票率に関する正確な数字
を発表できるまでは、何度かありうることだと付け加えた。

 「パーセンテージと数字は集計のあとのことであり、集計が終われ
ば発表される」と彼は言った。「公式な数字を発表するには、まだ早
すぎる」と。

 投票率が高いところでは、投票の背後にある動機と投票過程がど
ちらも疑わしく見える。北部ではクルド人が独立か自治かで投票し
た。南部その他では、国民議会275議席で多数を占めようとしてシ
ーア派がクルドと競争していた。

 モスルなどいくつかの場所では、投票率は予測されたよりも高かっ
た。しかし投票者の多くは外部からやって来ており、投票者の身元
確認は緩やかだったようだ。買収があったと指摘するものもいる。

 ブッシュ政府はイラクの選挙が成功したと大声で語ったが、疑わし
い投票と投票率へのクレームが論争を招いている。

 選挙での暴力事件も政治的な色合いがさまざまに異なっているよ
うにみえる。

 30日には、30人のイラク人、1人の米軍兵士、10人の英軍兵士
が死亡した。首都バグダッドから首都の東南50キロにあるバクー
バ、北部の都市モスルとキルクークにおよぶ全土での攻撃では、イ
ラク人100人以上が負傷した。

 死亡したイギリス兵はC130輸送機に乗っていたもので、同機は
バグダッド西北のバラド付近で墜落した。イギリス軍はまだ墜落の
原因を明らかにしていない。

 暴力を抑制するために米軍およびイラクの治安部隊30万人が投
入されるという前例のない安全対策にもかかわらず、9件の自爆と
頻繁な迫撃砲攻撃が首都で深刻な犠牲をだし、他の地域でも一連
の攻撃が報告された。

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by pace2005 | 2005-02-04 00:44 | イラク情勢

自衛隊は撤退を・イラク市民の声

 
昨年2月から半年間、名古屋大学病院で研修医として、医療技術を学び、8月末にイラクに
帰国したバグダッドのセントラル子供病院、モハメド医師からのメール。

一部を転載
-------------------------------

親愛なる友人へ

現在、かなり多忙なのですが、日本人男性の誘拐・殺害事件の背景を説明しなければい
けないと思っています。

イスラム教の指導者たちの調整が機能していない状態にあり、事態は最悪です。その原
因は、ほとんどの指導者が刑務所に送られ、残りはイラク国外に逃げてしまったことで
す。

だから、イラク国内には、アメリカ軍のための軍隊か、テロリストしかいないんです。

私たちの現状を想像できますか? お金のための軍隊か、米軍をイラクから追い出すため
の軍隊しかいないのです。 

もうイラクに日本の人を送らないでください。バグダッドで私たちは、より困難な生活を
送っています。毎日、バグダッドの市民に対して、3~4回の爆撃が行われています。昼
でも夜でもです。とくに早朝に爆撃されます。

アメリカ軍の戦車が一日に何度もハイウェイを通過し、よく彼らは攻撃されます。だか
ら、ハイウェイを使うことができません。ハイウェイで攻撃に会う可能性がきわめて高い
ので、緊急事態でない限り、誰もハイウェイを使いません。 

また、イラク国軍はアメリカ軍に指揮され、彼らの命令下で働いています。だから、彼ら
も攻撃の対象にされるのです。不思議に思ったかもしれませんが、先週、ディアラで49人
ものイラク人兵士が殺されたのは、このためです。

さらに、イラク国外に逃げようとした、医者や科学者も殺されています。イラク国内にい
るイラク人も殺されるかもしれないという脅威にさらされています。とりわけ特別な立場
にいる人、例えば政府機関で働いている人や特定分野で有名な人にとっては、その危険性
がより高くなっています。

 もちろんのこと、外国人が殺される確率は、それよりも高くなっています。だから、全
ての日本の方に、自重してイラクから離れることをお願いしています。

そして、日本軍の早期撤退をお願いします。イラクの状況はより悪化していくので、軍人
だろうと安全ではなくなるでしょう。彼らの命も守ってください。


続きはこちらに


http://reishiva.exblog.jp/783256/






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by pace2005 | 2005-01-31 17:24 | イラク情勢

米軍バクダッドは市内支配権も喪失している

□ビデオ 路上爆弾の攻撃を受ける装甲車 [バスラ・ネット]

・以下のリンク先では,路上爆弾の攻撃を受けて
 横転する装甲車の映像を見ることができます。

日時は2005年1月13日のようです。


http://www.tetsuson.org/2001/tetsuon/tmp/up0759.mpg
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撮影された場所は不明ですが、しかし米軍は日夜このような攻撃に晒され、既にバクダッドの一部支配権を喪失しているようです。

殺された日本人人質香田さんの遺体はバクダッドハイファ通りで見つかりましたし、そのハイファ通りはバクダッド中心部・しかも米軍管理地域の近くだそうです。

さらにハイファ通りでは米軍のブラッドレー戦闘装甲車両が爆破され、ザルカウイ氏の軍団の旗を振る市民が出現するのがメディアによって目撃されています。
http://www.geocities.jp/urknews/Haifa_street.html

また最近は米軍管理地域でも誘拐や爆弾事件が発生するなど、もはや米軍はバクダッド市内全体の支配権すら失いつつあるのです。


しかし日本のいい加減メディアのお陰で、イラクで今何が行われているのか我々は知ることがほとんどできません。
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by pace2005 | 2005-01-29 12:43 | イラク情勢